『だから嫌われる』第29条 まめである
『だから嫌われる』
第二十九条 まめである
多くの人と交際していれば、煩わしいことの連続である。つまらぬ支障が絶えずおこる。まめな人は他人の知らぬ間に、こつこつとそれを片付けて行ってくれる。だれのためにも労を惜しまぬ様な人、そう言う人は肉体も精神も非常に健康である。
だから大てい円満な人だ。人に使われるなどとは思わない。使われ、利用されてよろこんでいるような人、こんな人はきざな人の多い中で、玉のように尊い人だ。
時折ポストで見つけるお礼の葉書や旅先などからの絵葉書は心を和ませるものです。葉書を愛用する人にはまめな人が多いようです。また、相手に負担をかけない気配りを感じます。
「お礼」というと、母を思い出します。88歳で世を去りました。危篤と聞いて豪州から一時帰国した際「僕が帰ったよ!」と叫ぶと一瞬目を開け微かにほほ笑みかけたのが最後でした。小さな佃煮製造卸業を営む父に16歳で嫁ぎ、10人の子を産み、7人を育て、私はその末っ子。母は、子育てから商売まで日夜働き尽くめでした。子供のころ夜中いつ起きても母は洗濯しているのに、朝起きるともうご飯の用意ができていました。そんな母は私が他の人に何かお世話になったら「お礼したね!」が口ぐせ! 学問なくとも母のおしえといえば、人に優しくすることとまめにお礼することでした。喜寿を過ぎた今でも、忘れがちな愚息を心配してよくまぶたに現れてくるのです。最近、その回数が増えたのは、私がいただく恩義の数・感謝の量が増えたということでしょう。母は生きているのです。
プロとしての成功者は一様にこまめです。微細にまで神経が行き届かない人は、他人より抜きん出ることは不可能でしょう。
今回のサッカーワールドカップ日本―スペイン戦で、2点目を演出した三苫選手の「1㎜の奇跡」はその極致のプレー! 世界中に感動を与えました。
「1%の才能に99%の努力」が成功に導くといいます。つまり、「障害は私を屈せしめない。あらゆる障害は奮励努力によって打破される」と万能の天才レオナル・ド・ダヴィンチが言うように、成功者は努力の天才なのです。
画家は一つの色、書家は一本の線に命を賭け、ピアニストは微かな音色、シェフは僅かな温度にも全身を漲らせます。ゴルファーは、1ミリ以内でアイアンの角度を、アイススケーターは、百分の一ミリでの刃の誤差にまで全霊を込めて調節します。それぞれプロを目指し同じ様にやっていても一流になるのは極一握りの人たちなのです。いかにまめに実践するかの競争といえましょう。
ところで、私たちは、それぞれの仕事でこのような気持ちで仕事をしているでしょうか? 小さなことを疎かにして、まめさを忘れているのではないでしょうか? じっと胸に手を当てて自問自答するのも日曜日という安息日がある所以でもあります。
マザーテレサは、小さな仕事に大きな意義を見出していました。
「誰もしないような、小さな、つまらないと
思えるような仕事をしましょう。
小さすぎるということはありません。
私たちは小さい者ですから、
それにふさわしいやり方で、
ものごとを見ていきましょう。
つまらないと思える仕事が、
私やあなたのする仕事です」
(『下座に生きる』神渡良平著)
一方、佐藤一斎も『言志四録』においてこう述べています。
「真に大志(だいし)ある者は、よく小物(しょうぶつ)を勤め、
真に遠慮ある者は、細事を忽(ゆるがせ)にせず」
つまり、本当に志を抱く人は、実は小さい仕事に対してもしっかりとした仕事をし、また真に思慮深い人は細かいことも決して手を抜かないというものです。
なにごとも一貫して、小亊(しょうじ)も、地道に、日々継続することが大切なのです。
まめな人、人情味豊かな人たちが、自分が知らない間にきっと何かを施してくれたことも多い。「陰徳あるものは必ず陽報あり」ともいいます。人知れず善をなしていればいつかどこかでいい報せがあるものです。
このような小さなことのひとつひとつがレーザー光のように輝いて、私達の人生に少しでも甘味をつけてくれるものでありましょう。
韓国のイー・オリョンは「日本にはもともと縮める文化がある。一寸法師や桃太郎は小が大を倒し、俳句ではたった十七文字に広い宇宙と四季(時)を込める。小さな庭園や茶室・盆栽に世界観を求め、茶道や華道を創造する。扇、こけし・人形など精巧な独特のミニチュア文化がある」(『縮み志向の日本人』)とその工夫の細やかさに驚嘆するのです。
清少納言も「なにもなにも、小さきものは、皆うつくし。」(『枕草子』)とうたっています。中国から来た漢字の「美」は、大きな羊の意味ですが、日本語のうつくしいは、小さいもの・可憐なものへの慈愛など可愛い意味から転じたものです。
日本はもともと中国や欧米から学び、独自の創意工夫で小さくし、別のものを産み出していくところに日本人の本領が発揮されてきました。カメラ・電器製品や自動車にしても然りです。
そして小集団(QC)サークルにおける改善活動によって、高品質の日本ブランドを築きあげて、経済国家として小さな巨人となるのです。それは、本来日本人がもつ可憐なもの小さなものへの慈愛の心をもとにした手先の細やかさ・器用さの賜物です。
柳宋悦は、「日本はすばらしい手仕事の国である」(『手仕事の日本』)と地方に残る手仕事の伝統を大切にせよと力説します。日本の伝統は私たちの財産。手仕事は人間の自由が保たれ、責任の道徳が遥かによく働くのです。「うつくしい日本」をつくるには、私たち日本人に生まれつき具わる「小さなものへの思いやり」「床しさ」「細やかさ」を大切にしたもの作りを目指すことです。日本固有のものを敬うその情愛と叡智とにたよるよりほか仕方ないのです。「Small is beautiful.」ですから。
大袈裟、大雑把、大風呂敷 …だから嫌われる