『だから嫌われる』第16条 足ることを知る
『だから嫌われる』
第十六条 足ることを知る
「あれでも満足なのか」と思うほど不平を言わない人がある。
世の中には不平家が多いから、満足している人を見るとそれだけで驚き、何か奥行きのある深い感じがするのみならず、自分に較べて申し訳ないような責任さえ感じさせられる。
ひどく豊かな精神の人のように思われる。こっちが不平など言えなくされてしまう。
人を謙虚にする人は、自ら足ることを知っている人である。
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「衣食足りて礼節を知る」と古人は言います。
「礼節を知るにはまず衣食が足りること」が前提ですが、悲しいかな、今の世を見渡せば、「衣食足りても礼節知らず」の人が増えているようです。
家康は「不自由を常と思えば不足なし」と戒めましたが、今はむしろ「衣食過ぎて礼節忘れる」に恥入る人も少なくはないはずです。
私は、1977年から2年間、神戸製鋼とカタール政府との合弁事業「カタール製鉄所建設操業プロジェクト」に派遣されました。鉄鋼輸出部に在籍していたので、Administration & Sales Acting Managerという肩書で、操業開始時サウジアラビア向け第一号輸出契約書にサインしたのです。
その操業開始前に、エンジニアやワーカー採用のために、レバノンに出張した際、日本人の珍しさか、衣食のまったく足りない多くのパレスチナ難民の子供たちに囲まれ、その屈託のない笑顔に平穏な生活が続くように祈りました。
今、ロシアの侵略により緊迫したウクライナ情勢が続いていますが、人生を狂わされた多くの難民が生まれているのに当時を思い出し、心が痛みます。1日も早い終結を願うばかりです。
加えて、インドにも1か月滞在、カルカッタ・ニューデリー・ボンベイ(現ムンバイ)で採用活動を行いました。世界でも最極貧の町のひとつインドのカルカッタでは、手足のない赤子を抱き粗末極まりない衣をまとった可憐な母親から、実に哀れな、悲しみに満ちた表情でドルを所望され、現地人の忠告を忘れて、つい渡した途端、なんとにっこり笑って足早に去り、次の外国人に同じ表情で向った姿を見て、ビジネス化した乞食業にやるせない思いをしました。
カタール製鉄所はその後10年以上神戸製鋼が経営した後、カタール政府に引き継ぎ、今でも順調に稼働中。多くの雇用や利益を生み出し、製品の建設用鉄筋棒鋼は中東の建設需要を賄い、発展に貢献しているのは喜ばしく、少々誇らしい気持ちです。
「衣食足りて・・・」は、文明の発達、時代の流れ、生まれた境遇、親の教え、その後の育ち、自分の考え方などによってその理解の程度はさまざまです。それぞれ自分の立場を知れば、そう望外のことを望めず、自分の天分を自覚すれば、現状で満足することを知るのです。
「足ることを知る」とは、自分の心や精神のよりどころをどこに置くかによって決まるものでありましょう。 それにより、足るの基準や不平の基準が変わるのです。自分の「足る」の基準は何か?その定義を自分なりに考えてみるのも、休日の自省のテーマとしてお勧めできるものです。
▽ 自分は、今の職務に足り得る人物か?
▽ 自分は、今の立場・地位に足り得る人物か?
▽ 自分は、今の収入に足り得る人物か?
▽ 自分は、父親(母親)足り得る人物か?
アリストテレスの「幸福はみずから足れりとする人のものである」という意味は、自分にとってもっとも大事なものは自分自身であり、幸福と思う人が幸福だということなのです。しかし、自分の能力に対しては、「足るを知らず」でありたいものです。
そこで、
「衣食足りずとも精神の衣食を満たし、
心の衣食足りて礼節を忘れず」
が望ましい姿でしょう。
「亊(こと)足らぬ身をな恨みそ鴨の足の
短こうてこそ浮かむ瀬もあれ」(夢窓国師)
あれもないこれもない、あれも欲しいこれも欲しい
・・・だから嫌われる